バブルに踊らされた悲惨な運命

このサイトでは「お金を借りる」ことの基礎知識や最新の情報をお伝えしていますが、ここでは実際にお金を借りるとどうなるのかについて、お金を借りたことのある人に実体験を取材しました。
お金を借りることは幸せをつかむことになるのか?それとも不幸の入り口なのか?キャッシングでお金を運用することはは天国なのか地獄なのか?
とても重いルポルタージュになっています。じっくり読んでみてください。


山田未来さん(48歳)の場合

山田未来さんのプロフィール

名前(仮名) 山田未来
性別 女性
現在の年齢 48歳
借入時の年齢 42歳
借入時の職業 専業主婦
最終学歴 大学卒
出身地 大阪

資産家の彼と出会って

今現在、私は48歳、夫も48歳です。

知り合ったのはバブル前の学生時代のことでした。
私は京都の私立女子大に通っていて、夫も京都のかなりレベルの高い私立大学に通っていました。
知り合ったきっかけは共通の友達の紹介で、最初にみんなで遊んだ時から「この人とは何だか気が合うな・・」と感じていました。
そのうちだんだん距離が近くなり、二人で遊びに行くようになりました。
夫の方から「付きあって欲しい」と言われたので、断る理由もなかった私はすぐにオッケーしました。
私はそれまで男性と付き合ったことが一度もなく、夫とのデートはいつも新鮮そのものでした。
夫の父親は大阪の工場街で車の部品工場を経営しており、かなり儲かっているのか夫はその当時人気の車を自分用に乗り回していました。
当時の大学生で自分専用の車を持っている人はほとんどおらず、夫はかなりお坊ちゃんなんだな・・と思いました。
私の方はと言うと、父親は平凡なサラリーマンで母親は専業主婦。
特にこれといった贅沢をしたこともなく、私立大学に行かせてもらっていることさえ申し訳ないと思う位の生活レベルでした。
ご飯に行ったり映画を見たり、自分の洋服代はもちろんアルバイトをして稼いでいました。
両親からもらうのは学校までの交通費とお昼代だけでした。
夫とは週に2.3回デートしていましたが、毎回デート代は当然夫が出してくれました。
男性とのデートはこういうものなのかな?と思ったので、特に自分が払わなくてはならないと思うことはなかったです。

バブル期に家を9000万円で購入しました

バブル期

その後2年程つきあってから、お互いに就職することが決まりました。
夫はある大手メーカーに就職し、私も大手メーカーの関連会社に就職が決まりました。
当時かなり日本は景気がよくバブル期ということもあり、就職することは意外と簡単でした。
お互いに他にもいくつか内定をもらっていましたが、その中で一番行きたい会社を選べる程恵まれていました。
結婚する前に驚いたことは、夫の自宅に呼ばれて行った際にものすごい豪邸だったことです。
高級住宅街にある夫の実家は和風のたたずまいで、日本庭園があり、義父はその手入れが趣味とのことでした。
義母も手芸やお料理が大好きで、お稽古事に通う毎日のようでした。
お金持ちの家ってこんなんなんだ・・と驚いたことを覚えています。
私の友達は平凡なサラリーマンを父親に持つ人ばかりだったので、初めてこのような豪邸に遊びに行ったことになります。
元々お互いに結婚を意識していたこともあり、実家に遊びに行った時、夫は両親に「この子と結婚前提に付きあっている」ということを明言してくれました。
その後2年程付きあったでしょうか、夫と結婚することになりました。
当時バブル真っ最中だったこともあり、有名ホテルで豪華披露宴を行いました。
結婚式や披露宴、新婚旅行にかかった費用はざっくり見積もっても1000万円位だったと思います。
そのほとんどは夫の両親が出してくれました。
ですが、それに見合った嫁入り道具を用意するため、着物や宝石、洋服、家財道具などを両親は無理して用意してくれました。
驚いたのはこの後です。

最初は二人で賃貸マンションに住んでいたのですが、家を持つべきという義父の言うことに従い、義両親の家の近くの分譲新築一戸建ての抽選に毎週末通うようになりました。
もちろん義両親も一緒です。
その当時はバブル真っ最中だったので、土地が手に入らなくなるかも・・という危機感が日本中にあり、抽選でないと家が買えない状態でした。
運よく100倍もの確率の土地付き一戸建てに抽選に当選し、9000万円程度の一戸建てを手にすることができました。
当然ながらサラリーマンの私達の収入で支払えるわけもなく、夫は義父の会社を継ぐために勤めていた会社を退社し、工場経営者の跡継ぎとして義父のもとで働き始めたのです。
新居に引っ越すと同時に私も妊娠したので会社を辞め、専業主婦になりました。
ですが、夫の会社の役員になっているため、月々お給料をもらうことができました。
夫婦合わせて150万円位貰っていたと思います。
そのうちマイホームのローンは40万円程度で、金利は6パーセント以上だったと思います。
なので、いくら返しても元金が減っていかない状態がかなりの期間ありました。
その当時は毎月150万円もの収入があるのでそんなことは全く気になりませんでした。
そういった生活が永遠に続くと思っている自分がいました・・・。

バブルが弾けて

その後私は3人の子どもを出産しました。
これだけ余裕のある生活が出来るのですから3人いたとしても全員私立の大学まで出してやれるという自負があったからです。
当時は車も2台所有していて、どちらも庶民が買えるような車ではなかったです。
夫が通勤に使う車はトヨタグランドハイエース、私はBMWに乗っていました。
当然のことながら、どちらも会社の名義で一切自分達で支払うことはなかったです。
この時すでに私達の金銭感覚はマヒしていたと言ってもいいでしょう。

他にも夫は趣味でボートで釣りに出かけたりしていたので、会社名義でヤマハのボートを買ったり、私もあれこれ欲しい物は何でも買ってもらうことができました。
実家で暮らしていたのとは雲泥の差の生活だったと言ってもいいでしょう。
そしてしばらくしてバブルがとうとう崩壊しました。
夫の経営している会社の親会社の売り上げが落ち込み、部品の製造を中国などに移すようになり、夫の会社の受注量が大幅に減ったようです。
その対策として夫と義父は相談してリストラしようということになったようです。
従業員がもっとも多い時には100人近くいたようですが、30人までリストラして会社を何とか立て直そうとしていました。
そんな中でも私達のもらっているお給料が減らされることはなかったです。
それは月40万円もの住宅ローンを支払うためどうしても減らすことができなかったためでした。
ですが、義両親のお給料は二人で2000万円程度あったのが、年金ももらっているとのことでほとんど0にしたと後で聞きました。
私はこの時まだそこまでの危機感を感じることができず、相変わらず以前と変わらぬ生活を送っていました。
ママ友と毎日のようにお茶やランチを楽しみ、欲しい服やバッグがあると値段を見ずに買ったり・・。
今思えばなんてことしていたんだろうと反省する気持ちでいっぱいです。

バブルがはじけて

何とか会社はつぶれることなく存続していましたが、運転資金を大手銀行と信用金庫などから借りており、返済はかなり大変だったようです。
義理父の会社などは当然売り払い、所有していたゴルフ会員権なども手放したと聞きました。
ゴルフ会員権だけでも5つ位所有していたそうで、総額5000万円位の価値があったようです。
夫もさすがにボートは売却しないとまずいと思ったのか、その後すぐに釣り用のボートは売りました。
かなり古くなっていたので二束三文にしかなりませんでしたが・・・。
そしてとうとうその後リーマンショックがやってきました。
その影響はかなりのもので、夫の会社はたちまち借金を返済することができなくなってしまったのです。
私は後で知ったのですが、夫は大手消費者金融などにも手を出し、月々の返済金をそれで賄っていたようでした。
ですが、消費者金融の金利は非常に高いので返済は行き詰ってしまい、夫は困った挙句、知り合いの弁護士さんに債務整理の相談をしました。
私もその方がいいと思ったので、ぜひ相談して解決策をアドバイスしてもらいたいと思っていました。

自己破産の決断

債務整理には色々な方法がありますが、その弁護士さんのアドバイスでは自己破産が一番いいとのことで、私達は素人だったので法律のことも分からず、その通り従うことにしました。
今考えますと、債務整理にも個人再生や任意整理など他にも方法があったのですが、弁護士さんの言うことなら・・とうのみにしたのが間違いだったと痛感しています。
自己破産してしまうと全ての借金はなくなりますが、その代わりマイホームやマイカー、預貯金や保険までも解約しなくてはならないのです。
その上最悪なことに、私も会社の借金の保証人になっていたため、コツコツ結婚当時から貯めていた貯金も全て取られることになりました。
子ども達名義の預貯金だけは取られることがなく、不幸中の幸いだったと思っています。
マイホームを手放すに当たり住むとところがなくなるわけで、家族5人行くあてもなくどうしようかという話を連日していました。
そこで助けてくれたのが私の実家の両親でした。

退職金など貯めてあるのでそれで家を買いもどしてはどうかと提案してくれたのです。
買い戻すには2500万円位必要で、それ位なら出しても構わない、娘家族を助けるためなら惜しくないと言ってくれたのです。
私と夫はかなり迷ったのですが、買ってくれるという言葉に甘え、マイホームを買い戻すことにしました。
なので、自己破産しても住んでいる家は変わらず、近所の人にも自己破産したことは気づかれていません。
一番大変だったのは、会社がなくなるということでした。
当然会社は債権者の物になるので、借りている工場は返しますし、中に置いてある機械類は全て処分しました。
従業員は全て解雇、もう夫の会社はありません。
夫はその日から無職となり、幸いパソコンのスキルがあったため、知り合いの会社で雇ってもらうことができました。
その会社との契約ではもらえるお給料は月に25万程です。
バブル期にもらっていたお給料は150万円。
当然同じような生活ができるはずもなく、私は仕方がないので近所のスーパーにレジのパートに出るようになりました。
時給が850円程度で月に7万円位にしかなりませんが、なんとか生活費の足しにとがんばっております。
子どもたちも大学入学時期にこのことがあり、当然大学の費用など出してやれるはずもなく、全員が奨学金で通うことになりました。
卒業と同時に400万円以上の借金を3人共背負うことになったわけです。

かつての生活はもうできない…

ボートも失って

こんなことにさえならなかったら、子どもが借金を抱えることにはならなかったでしょう。
車がないと生活できない場所に住んでいるため、軽自動車を中古で買って乗っています。
4人しか乗れないので、家族全員一緒に出掛けることはできませんが、これも仕方ないと思っています。
夫は自宅でプログラミングの仕事をしていて、私は近くのスーパーまでは自転車で通うようにしています。
子ども達も全員お弁当を持たせて昼ご飯代を浮かせています。
このことによって毎月の我が家の収入は30万円ちょっとになってしまいました。
住宅ローンがなくなったのでその分は浮きましたが、かなりぎりぎりの生活です。
ちなみに、結婚してすぐ住宅ローンを支払ってきて、自己破産する時点で残高は1000万円を切っており、あと少しで完済・・というところまで来ていました。
かなりの金利の時代に借りていたので、たぶんそれまでに支払った金額は1億円を優に超えていたでしょう。

そこまで払っているのに自己破産したせいでパーになってしまい、さらに親から2500万円も出してもらって買い戻してもらったのですから何をやっているのか・・という感じです。
私はそれまでママ友とランチしたりしていたのも、一切しなくなりました。
たった1000円のランチでさえもったいなくて食べることができなくなったからです。
しょっちゅうランチやお茶に行こうと誘ってくれていた友だちたちも今では全く音信不通です。
お金がなくなったら友だちまで失ってしまうんだな・・と実感しております。
お給料をすごくもらっていた時に買ったブランド物のバッグや洋服などは全てネットオークションで売りました。
今では何一つ残ってはいません。
本来なら娘たちに譲ってあげたいところですが、生活費をねん出するためにはいたしかたなありません。
家もかなり古くなり、屋根を葺き替えたり、壁を塗り直したりしたいのですが、そんな余裕があるはずもなく、どんどん老朽化していく一方です。
こんなことになるまでは庭にはたくさんの木が茂り、春には花が咲き乱れていましたが、庭師さんに来てもらうお金もないので、自分たちで剪定しているため、見た目は非常に悪くなりました。
お花を新しく買って植える費用も勿体ないので、春になっても花が咲くことは一切ありません。
自己破産するとこんなところにまで影響が出るんですね。

借金は精神をもむしばみます

精神面でもかなりダメージは多きかったです。 夫は自己破産を決めるまでお金の工面のため毎日走り回っていたので、毎日お金のことで頭の中がいっぱいでした。
夫婦で話をしていてもすぐにお金のことで喧嘩になってしまい、話し合いをまともにすることができませんでした。
今になって知ったのですが、あまりに夫は精神的に追い詰められてしまい、闇金にまで手を出していたそうです。
闇金とは金利が法定外に高い金融会社のため、たった数万円借りただけでもすぐに莫大な負債になってしまうというものです。
夫はこの闇金から借りていたことでかなり追い詰められていたようです。
携帯電話に督促の電話が毎日何度もかかってきたり、会社に来て脅したり・・ということがあったそうです。
それも自己破産したことで返さなくてよくなり、夫の精神状態はかなりよくなりました。
3人いる子どもたちも当然自己破産したことを知っており、それまで欲しいものがあるとすぐに買って欲しいと言っていたのに、今では全くそういうことを言わなくなりました。
また、親が反面教師になったからでしょうか、クレジットカードさえ作るのが怖いと言っています。
将来どんなことがあっても借金だけはしないと言っています。
すでに奨学金を背負っているからそれだけでもかなりマイナススタートですが・・。

今となっては反省の日々です…

私はこのように夫の会社経営の失敗により自己破産しましたが、自分にもかなり責任があったと思っています。
150万円ものお給料をもらっていた時に、将来景気が悪くなるかも・・と危機感を持ってもっと貯金をしておけばよかったと思うのです。
それも、どんなことがあっても安全なように、子ども名義でもっと貯金をしておけば、少なくとも子どもたちに借金を背負わせることはなかったでしょう。
なのに、自分が楽しいからと言って毎日遊びに行ったり、欲しいものをポンポン買ったり、どう考えてもあの頃の自分は浅はかだったとしか言いようがありません。
もし、人生をやり直せるならもっと将来について危機感を持って生活し、将来のために蓄えることをしたいと思います。
平凡に生きていてもいつ自己破産というシナリオに巻き込まれるか分かりません。
たとえサラリーマンであっても、専業主婦であっても自己破産しないとは限らないのです。
実際に最近自己破産する人はかなり増えているそうですね。
なので、私のこの経験を少しでも皆さんのお役に立てて頂きたいです。


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